呪いの雛人形

「ママ?この雛人形、まだ片付けないの?」

あどけない表情の一人娘が、不思議そうにたずねると、

「もう少し飾っておこうね」

ママはそう、妖しげな微笑みでこたえた。

「どうして?もう、ひな祭り過ぎちゃったよ」

この歳、桃の節句には、甘い白酒を飲み、美味しい料理を食べたのだが、それもずいぶん前のことで、

「こうしておくと、娘がお嫁にいかなくなるの。だからもう少し、飾っておこうね」

一人娘は、相変わらずキョトンとしていたが、

「私、お嫁にいかないの?」

ママは、目の前にいる小さなお人形さんのように、薄紅色の愛らしい頰に触って、艶々と煌めく黒髪を撫で、狂おしいまでの眼差しをむけている。

「お嫁にいったらダメよ。ずっとママのそばにいるの」

コクリと頷いた細い首。

時の流れ……。

あれから30有余年。

愛という呪いの効果は絶大であり、いまだ解けずにいた。

あの時の一人娘は、ついに嫁にはいかなかったが、ママの死後、婿をとった。婿をとってはいけない、とは言われなかった。

そうしてその歳、久しぶりに雛人形を飾ってみることにした。

お雛様は当時のまま、美しくはにかんでいる。

お内裏様は、何かの拍子にコクリと首がもげてしまった。

あわてて米粒をつけてのっけてみる。

説明によると……。

これは、ある家で起こった話。

人間の想念は、人形に乗り移ることがある。形の似ているものに、想いが表現される。

もうすぐ桃の節句

結婚をするかしないか。自由に生きるか縛られるか。

いま、選択肢が豊富な世の中にあって、これまでの概念どおりに生きる必要なんて、ないのだろう。