脚本家B先生の毒白

脚本家として活躍されたB先生。

惜しまれながら数年前に引退。

B先生とは色んな話をした。

温和な雰囲気のB先生。

だがしかし。

腹は白いと言い切れない。


B先生は売れない役者を集めて話すのが好きだった。

一見すれば応援しているように見えた。

売れない役者がB先生に縋りつく様子をいつも目の当たりにしていた。


B先生と街中を歩いている時のこと。

こんな話をしてくれたことがある。

脚本家ならではの視点かもしれない。


「あの役者達どうせ売れないんだから辞めればいいのに」

「え?!……それはB先生から助言してはどうでしょう?」

「面白いから放っておこう」

「えっ?!面白い!?」

「頑張れって言っとけばいつか売れると思ってるんだから見ものじゃない」

「ええっ!?!?」

「必死になってるの見とこうよ」

「……!!」


こう言って微笑んだ。

本末転倒だと思った。

しかしながら。

夢を追い続けるのも生きる術。

B先生は本当は優しいのか酷いのかわからない。

だけどあの日のあの言葉は毒白だった。

なんだか面白いようで怖い気もした。

これまで誰にも言わなかった。

今は役者の生き残りが大変な時期だからB先生の毒白を敢えて載せてみた。

続けるのは大事だけど引き際を見失ってはもっと惨めだから。

これは酷いようで優しさのつもり。


毒白。

毒を吐く。

告白や独白。

これらを混ぜたB先生の言葉。

文豪とは

=苦悩する弱き人

 

=近代人を救済するため自ら懊悩する尊き筆者

 

=優しさという強さを隠して苦悶する怪人

 

=変人と呼ばれようとも地を這いつくばり筆を止められぬ宿命を持つ者

 

=のたうち回ることでしか傑作など書けぬではないか!その叫びを内に秘めた諦観から影を放つ人物

 

=死を見つめる達人

 

=遺筆こそ生きた証

 

捨ててみる

名品を作った

人を集めて

眺めてもらった

たくさん褒められた

 

満足な気分のあとに

なぜか虚しくなった

 

だって

病み衰えた一人も

それでは救えない

つかの間の満足なんて

くだらないことはやめた

 

自己満足の時間

捨ててみる

 

街に出た

道に迷う人がいて

声を掛けられた

なるべく丁寧に

その道を案内した

 

ありがとうと笑ってくれた

満足な気分になった

 

だけど

その後もずっと

虚しさはなかった

 

また街に出ようと思った

失うのではなく得ていること

一年前、志村けんさんがお亡くなりになった。

多くの笑いと団欒を実に長い時間をかけて届けてくださったことに、あらためて感謝の思いで一杯になります。

コントづくりの現場では、真摯なまでに職人の情熱を傾け、お茶の間の向こうにいるテレビの視聴者や、舞台に足を運ぶお客様の為に、笑いを追求し続けてくださった。

このような形でお亡くなりになるのは、強いメッセージであると感じます。

失うことで、大切な気付きを授けられているのです。

大切な気付きをいただくことは、人間の徳を積みます。

どうしても現実は戻らないのです。

だから愛おしくもなります。

笑いを届け続けてくれた人に、悲しみの涙を流しては無益になります。

生きること、死ぬこと。

どちらも大切な思いに気づかせてくれます。

あたたかい微笑みで、大切な人の命日を迎えたいです。

SNSで批判する人される人

誰に対しても自由に発言できる世の中になりました。

言葉の力は偉大です。

そのことをわからず無闇に発言することは意図せずとも人を喜ばせたり深く傷つけたりします。

ですが。

人は失敗から反省し、やり直す生き物です。

過去の失敗や失態を反省して教訓にし前を向いて生きているのなら、人の批判は気にしなくていいのです。

人の批判をする人は、心が貧しく狭いのです。

そのことに本人が気がついた時、心に潤いを持って広々とした視野で大らかに人を許そうと、少しずつ、少しずつでも前進すればいいのです。

きっとその人も失敗から傷つき、その時に苦しめた人の心がわかってきたり、何かのきっかけで改心することがあるのです。

人に批判された時、この人は苦しんでいるのだ、きっといつか心癒される日が来ますようにと、寛大な心で思ってあげましょう。

その志を、天も黙って見ています。

批判に反発するのではなく、無理矢理に諭そうとするのでもなく、ただ思い、許すのです。

怒りや嫉妬は、人の経験する苦しみなのです。

批判される側だけでなく、本当は批判する側も苦しんでいるのです。

苦しむ人と同じ視点で反発しあい、お互いに苦しんでしまっては、どちらの苦しみも増します。

批判に耳を傾けない人は、幸いです。

批判する人を憐れむことのできる人は、更に素晴らしいのです。

素晴らしい人生は、心掛け次第なのです。

飴ちゃん

ホワイトデーは日本ではじまったとされます

日本人は実にイベントが大好きです

関西では飴ちゃんでお馴染みです

この飴ちゃん

日本の書物である古事記日本書紀に記されています

日本ではじめて飴ちゃんが製造されたのが三月十四日あたりだと云うのです

昔はよく政と書きました

まつりごと

と読みます

日本の神様も祭が大好きです

祭り事です

祭政一致なわけです

日本は神様も人間もイベントが大好きなのです

祭の時は一緒に盛り上がります


飴ちゃんあげよか

飴ちゃんもらおか


どちらも嬉しい気持ちになります