神様のお告げ
あなたは神様のお告げを聞いたことがありますか?
神社へお参りに行った時、自分のお願い事を伝えてばかりいませんか?
神様はあなたの願望をなんでも叶えてくれる都合の良い存在ではありません。
そこに神様がいると信じてお参りをするのなら、伝えるばかりではなく受け取る余裕を持ちましょう。
お告げは言霊で受け取るばかりではないのです。
風が吹けば流れにのっているものです。
虫が近付いてお知らせする事もあります。
物音や陽射しの中にも受け取ることができます。
なにか不思議な感覚がしたら、それはお告げかもしれません。
神様はけっして優しいだけの存在ではありませんから、時には厳しい現実を与えることもあるでしょう。
それは大きな意味でのあたたかさです。
なんの努力もなしに神頼みばかりでは、随分なご都合主義になっています。
そんな時に神様は試練を与えて下さるのです。
優しいだけの甘やかしはその場限りの幸運です。都合の良い現実は過ぎてみれば虚しいものです。
けれども試練を乗り越えた先に掴む幸せは充実感に満ちているでしょう。
謙虚に努力を惜しまないあなたの姿勢に、神様はあえて試すことをします。
神様がお願い事を叶えるのではなく、あなたの姿勢が神様を動かすのかもしれませんよ。
自分勝手なお願い事をするよりも、自分への決意表明を行えば良いでしょう。
神様は劇的な脚本を用意しますから、台本もろくに読まないで自主稽古もしない役者に良い役を与えることはしません。
演技に対して真摯に取り組み、研鑽を重ねる向上心に溢れた役者を育てたいのです。
そんな名役者になる可能性を秘めた人間には、とっておきの筋書きを与えるでしょう。
神様のお告げは、向かうべき人生の道筋にヒントを示してくれます。
ですから目に見えないものに突き動かされて進む人生に理由などありません。
感じるままに神意のままに行けば良いのです。
直感が示す方向に動いて間違ったと感じることがあります。実はあえて回り道をしているのです。その時にはその経験が必要だからです。目標の地へ辿り着くための無駄に思える貴重な遠回りなのです。
劇的なドラマを創り上げるためには苦悩や挫折から立ち上がらなければ感動は沸き起こりません。
あなたが何を思って神社を訪れ、どのくらいの覚悟を持って神様と対峙しているかは瞬時に通じてしまいます。
良くも悪くも内面はかくせません。格好つけてもお見通しです。
形式張ったお願い事ではなく、心を曝け出して神様と向き合い、手を合わせましょう。
その先に伝わってくる神様のお告げを、どうか感じられますように。