ある夜の女

ある夜、隣にヒヤリと冷気を感じた。

四畳半の畳部屋の右隅。そこに置かれた小さな一枚板の机の端に肘をついて、壁に凭れ掛かかっていた。

眠気にガクリと項垂れたが、次の瞬間にそのヒヤリとしたものを体感した。

いいや、ヒヤリときたのでガクリとした訳ではない。 だからこそ、その何かは私が目覚めるのを待ち構えていたようにも思える。

季節は晩秋。部屋の暖房は付いていない。

夜は冷え込むのであろうと、木製の古びたハンガーに掛けていた、繊細に編み込まれた幾何学模様の目の美しい、淡い紅色に染まる上着を羽織った。

ん? 上着の内側が濡れている。ずっとここに掛けておいただけの筈。

ああ、二階の庇から垂れていた雨が入り込んだのだろう。か? いや雨漏りは週明けに直したばかり。

ふっと天井を見上げた。

あ! 顔が一瞬にして蒼白く変色していくのがわかる。

いけない。これはマズイ。ま、待ち合わせの時間まで、あと三十分しかない。

急いで机と反対側、部屋の左奥に佇んでいる姿見にもなる鏡台の前に立ち、人の姿をすっぽりと投影してしまえる、背の高く細長い額縁にも見える鏡に掛けられていた、くたびれた薄紫色の長い布をさらりと剥ぎ取ると、そこに一人の女が立ち尽くしていた。

今度こそは本当に悲鳴を上げそうになった。

おかっぱ頭の女。誰でもない。それは私自身だった。

「やだ、昨日髪の毛切ったから……」

小さな深呼吸をひとつ。

昨日は腰まで伸びていた髪の毛が、今日は肩の上で軽快に揺れている。

髪の毛を櫛でサッと梳かし、薄化粧を一分程で済ませ、先ほどの薄紫色の長い布を荒い手つきで被せて、背を向けた。

するり。

と滑る音がしたので振り返ってみると、薄紫色の長い布が肌蹴け落ちた。

「もうっ……」

前屈みになって長い布を拾い上げ、鏡にもう一度投げ掛けるようにして、薄紫色の陰翳が舞ってゆく。

ふわっと鏡を覆う時、ほんの一瞬間。そこに映る女には、腰まで伸びる髪の毛があった。

それを見た途端、顔の筋肉が強張る。

しかし鏡に映る女は、ほくそ笑んでいた。

 

 

さて、この鏡に映る女は誰なのでしょう?

 

一、目の錯覚

二、幽霊

三、過去の女の姿

 

どれが正解なのか。それは定かではなく、そのどれにも当てはまらないとしても、このような怖いような信じたくないような話というのは、実はどこにでも転がっているもの。

不可思議な出来事には、何らかのメッセージが多分に含まれている可能性が。

それを勘違いで済ませてしまうか、過去や未来の自分からの警告であると捉えるか、または先祖霊や守護霊、崇高な魂からのお知らせであると受け止めるか。

物質世界に生きる時、このような不可思議な事柄は、夏の夜の心霊体験として話に上がれば良い方で、そのほとんどがメッセージとして真剣に捉えてはもらえない。

もし目に見えない力が働いて、貴方に何かを伝えようする想念を受け入れる事が出来たなら、この物質世界に生きながら、更にはその目に見えないパワーすら授けられる事になる。

ほんの少しずつで良いから、理屈ではない出来事を体感した時には、その真相の意味を貴方の感性で受け止め続けて欲しい。

頭で考えてしまわずに、思ったことを信じてみる。見えないものを信じるのは、最初は難しいと思う。けれど続けていくうちに、不思議が必然に感じられるようになる。

もしかしてこれは、何かからのメッセージかもしれない。

そんな風にして自分なりの答えが閃いてくると、心が癒されていくのを体感し、物質を得るだけでは味わえない満足感と、段々に深い感謝の念が湧いてくる。

誰の目を気にするでもなく、自分の内面で行える作業なので、どうか憚らずに。